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目立つつもりもないのに、マウント体質な人から目をつけられやすいというお悩み
僕の元にいただくご相談の中にこのようなご相談がありますよ。
私、いつもマウントを取る人から目をつけられやすいと言いますか、昔から狙われやすいような気がするんです。
職場だといわゆるお局さまですよね。結婚してからはボスママとか、ご近所の重鎮とか。
相手に気に入られやすいのか、そもそも私が目立ちやすいのか、私がバカにされやすいのか分からないんですけど、昔から目をつけられやすいんです。
相手を無視すると余計に大変なことになりますし、相手から誘破れたら受け入れるしかなくて、いつも相手に合わせてばかりで疲れ果てている感じです。
どうして私は狙われやすいんでしょう?何か問題でもあるのでしょうか?
正直絡みたくないわ、と思う人から狙われて絡まれる。
確かにしんどい話です。
しかも職場だの、ご近所だの、ママ友だの、自分の生活に直結する環境の中で起きると、かわしようがない、と思うこともないでしょうか。
だから仕方なく受け入れるけど、そもそも受け入れない選択肢がない時点でものすごいストレスなんですよね。
そこで今日はこの辺りの話を少しまとめてみようと思います。
よろしければどうぞ。
マウントを取られやすいことは悪なのか
そういえば以前、ある人からこんな話を聞いたことがありますよ。
「いちいちめんどくさい人から絡まれると悩んでいる人がいるじゃない。でもさ、そもそも火のないところに煙は立たないっていうじゃない?きっとお互いさまなんでしょ。マウントを取る人もどうかと思うけど、とられる側にも問題があると思うのよね。」
この話を聞いて正直僕は「確かになぁ」と思いながらも「うーん」と考え込みました。
確かに「マウントを取る人に絡まれやすい」という事実があるなら、絡む側にも絡まれる側にも理由があっても不思議ではないと思うのですよね。それは確かにそうだと僕も思うのです。
ただ、「相手に問題があるからぶっ飛ばしていいのか」というと、それも違うと思うんですよ。例えば、相手に問題があるから自分の都合の良いように扱っていい、という考え方自体、対等さや誠実さなど、成熟した発想・要素が欠けた発想だと思うのですよ。
なので、「なぜかマウントを取られやすい」ということが悩みになることはあるでしょうが、それが罪であるとか、問題がある自分が受けるべき罰だ、と理解する必要はないと僕は思うのです。
ちなみになぜこんな話を書いているかと言いますと、僕が「火のないところに煙は立たない」という言葉を聞いて考え込んだ後「そうか!」と閃いたことがあるのです。
それは「目をつけられやすい人が持つ影響力」の話なのですが、ここを理解できていないと確かに人付き合いが我慢ばかりになるかもしれないのです。
今日はその話を少しまとめてみたいと思った次第です。
※今日の話はいわゆる「人付き合いが苦手な人が抱える幼少期からのハートブレイクとその影響」の話は扱っていませんので、先にお伝えしておきますね。
マウントを取る人から目をつけられやすい理由は、自分の魅力に自覚がなかったから?
実はですね。
「自分の魅力を自覚していないとマウントを取る人から目をつけられやすくなる」ことがあります。
確かにマウントを取られやすいタイプって「何も言わない・我慢ばかりする人」が多かったり、「実は自分もマウントを取るタイプだった」なんてケースも実際にはあります。
ただ、実際にご相談では「そもそも何も言わない人だった」というわけでもなく、「ただ普通にしていただけ」なのに、超めんどくさい関わりを持つ羽目になった、なんてお話をいただくわけです。
この場合、理屈が通らんのですよね。
黙っていた訳でもないし、目立とうとした訳でもないし、争う姿勢を見せていた訳でもないのに、なぜかマウントする人から絡まられるわけですから。
この矛盾はどこから起きるのか。
その一つの答えを、先に書きました「火のないところに煙は立たない」という話を聞いたときにひらめいたというわけです。
「そうか、これは影響力の問題なんだな」とね。
「もし火のないところに煙が立たないとしたら、それはマウントされる側に問題があるというより、なぜかマウントする人に関わられてしまう理由がある、ということになる。
そして、その理由は常にネガティヴなものだとは限らない。つまり、マウントされる人が、マウントする側にとって魅力があるなら関わってくることになるだろう。」
この話、このままだと訳がわからないままだと思いますので、もう少し解説していきます。
まずはマウントという行動に深く関わっている「怖れ」という感情に着目しながら、少し解説していきたいと思います。
なぜ怖れに着目するのか
まず、なぜここで「怖れ」という感情に着目するのか、についてまとめます。
「人は何かしらの怖れ(不安)を抱えない状態で問題行動に出ることは少ない」からです。
例えば、人が他者に攻撃的になるのは「相手が脅威になっていたり、相手から強い影響を受けることを恐れるとき」です。また、自分が何かしらの事情で強い怖れ(不安)を抱いているときほど、他罰的になりやすいんですよね。
いわゆる「マウント」も同じで、そもそも自分の気持ちが安心感で満たされ、充実し、満ち足りているならば、マウントを取る必要性が全くないわけです。
また、よくマウントを取る心理として「人との比較の中で自己の優位性を得たいという承認欲求を満たす行為」と言われることが少なくないですし、僕もこの意見を否定するつもりは全くありません。
ただ、「人と競争し、マウントを取って承認欲求が満たされるのか」と考えてみると、それはないよな、と僕は考えるのです。
もし人との競争でいい感情を選択したいならば、自らが競争相手の健闘を称えたり、相手に敬意や感謝の気持ちを持つことが求められます。
ただ、争って、そこで相手を負かしたとして、確かに一時的には優越感を感じられたとしても長く続かず、結局は「自分が人のマウントを取ったように、今度は自分が狙われるのではないか」という怖れを抱くことになりはしないでしょうか。
だから、僕としては、そもそもマウントばかり取る人って、承認とは何かを理解しているのだろうか、と疑問に思うことさえあります。
むしろ、他人と競争し相手を打ち負かして得られるのは「一時的な安全」とか「危機が一時的に去る」ということではないでしょうか。
つまり、「マウントを取ることで自分が傷つかないように」「人より優れている自分は認められる存在である」といった何かしらの「安全」に関する欲求を満たしたいのではないか、と僕は考えるのです。
そう考えると、マウントを取る人は「いつも味方が欲しい」のかもしれませんねぇ。
が、自分がマウントを取っているので「自分で自分の味方を傷つけている」という罪悪感と不信感の無限ループの中にいるのかもしれません。
だから競争心を抱き、プライドを高くして「私はすごいと言わなきゃいけない」のではないでしょうか。(だから、実はマウントさえしなければすごく尊敬される人、実力も魅力もある人って多いと僕は思うのですよ。)
マウントを取る人の視点になってみると見えてくる「魅力的な人に近づきたい気持ち」
ここで「マウントを取る人の視点」になってみてください。
ね、自分の目の前に、人望もあって、魅力的で、いい人のように見えて、みんなから好かれそう人がいるとしたら、どう思うと思います?
そりゃ脅威になりますよね?
と同時に、「仲良くしたい」「自分の味方になって欲しい」という気持ちも抱く可能性があるとは思いませんか?
特に優しそうで、理解があって、穏やかで、争い事は好まない人。
そんな人のそばにいたいから「あなたがほしい」という気持ちになる可能性ってあるのではないでしょうか。(まぁ、「ほしい」と思う時点で、そもそも距離のある対等な関係性を結ぶつもりはない、って感じかもしれませんけど・。)
人によっては、「あなたが私の味方だったら、きっと私も『あんな素敵な人と仲がいいなんて』と周囲から思われるかもしれない、って期待が生じる可能性があるのです。(もちろんそれで自分の罪悪感や不信感が消える訳ではないのですが。)
だから、「魅力的な人」ってマウントされやすいし、なぜか絡まれやすくなる可能性があるということなんです。
実際、クライエント様とお会いしてお話を伺うと、もちろんいい意味で「相手はあなたに絡みたくなるでしょう」と思えるような素敵な方がたくさんいらっしゃるのです。
ただ、もしここで自分の魅力をあまり信頼していないとしたら、これは「マウントを取られている事情が一切分からない」ということになりますから、これはとんでもない恐怖を刺激する可能性があります。
なぜ絡まれているのかがわからない。
なぜ私が狙われているのかがわからない。
これ、めちゃめちゃ怖いですよね。もう背筋が凍るといいますかね。
その怖れが強い分だけ「自分って何か悪いことしたのかな?」と、起きている現実と自分の内面を「悪い」という方向で一致させ始めるかもしれません。
ただ、そもそもマウントする人って、好きな人にも、そうでない人にも、等しくマウントするものじゃないでしょうか。
例えば、自分よりも経験が少ない人に「ほんといつも何もできないよね」と言い、自分よりできる人には「自分より経験があるのにそんなこともできないの?」って言いません?
ここでお伝えしたいことは「どっちにしたってマウントするんだ」と考えてみれば、好きな人であろうが、嫌いな人であろうか、扱い方は一緒ってことなのかもしれない、ってことなんですよ。
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また、マウントする人ほど、あなたがこちらの敵になりそうな予感がすると、急に相手からの引き下げが始まることもあるでしょう。
「あの人はどうの」「あの人がこんなことを言っていた」なんて話を吹聴されたりもするかもしれません。(その後で、こちらが好意的な態度で接すると、急にベタ褒めし始めるタイプもいますけど。)
すると、さらに傷つきますし「私が悪かったのかな?」と自分の悪い部分をさらに意識してしまうことってないでしょうか。
これもまたしんどいですよね。
でも、それはあなたのことを手放したくない人が引き起こすパターンそのものだと僕は思うのですよ。
いわば、失恋したときに彼のことをめっちゃ悪く言う人のパターンと同じです。それのちょっとエグめヴァージョンと言いますかね。
あなたと近づきたいし、あなたがこちらから離れて他の誰かと仲良くするようになることが嫌で、あなたの価値を下げようとする。もちろんあなたからの反撃も恐れますし、自分が離れられても痛くないようにと備えているようなイメージですかね。
こう書くと「どうしようもないな」と思えるような話かもしれないですけど、僕のようなカウンセラーという立場から見ると「マウントする方にも癒すべきテーマがあるんだよね」と思うことになるのですが、それは今日の本題ではないので省略します。
自分の魅力をかき消そうとすると問題なるので、魅力は認めましょうという話
さて、少し視点を変えましょう。
このようなマウントに関わるご相談の中で、何より辛い問題となりやすい状態が、「どこかも自分の魅力(影響力)にあまり自覚できずにいて、つい「私なんて・・・」と思いやすい人が、辛い思いをしながら、自分を疑ったり責めていること」でしょう。
もう本当に辛いんですよ、この状態。生きてる心地がしないという方もいらっしゃるぐらいですから。
だから、もし、あなたがこのような状態になったのならば、ぜひ一人で悩まず、信頼できる誰かに相談してください。相談できる人がいる、ちゃんと話を理解して受け止めてくれる人がいるだけで、随分と心強くもなりますからね。
まず、それが先。一人で悩まないこと。悩むとどんどん不安で苦しくなって、生活の質まで落ちてしまいかねませんからね。
そして、ここからの話はその上で見つめると良いこと、と思ってください。
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もし、あなたが「そんなマウントを取るような人に関わられたくないから、私の魅力なんていりません、消したいです」と考えるとしたら、それはあまりおすすめできません。
もし本当に関わっていて辛い人がいるなら、その人と距離を取ることはあっていいでしょうが、自分の価値を下げるようなことは避けたほうが賢明です。(偉そうな態度を取ったり、相手の価値を下げることとは違いますよ。その気持ちは分かるけどそれも自分の価値を下げる罠ですから要注意。)
特に普段から人との繋がりを作るときに「自分を下げて、相手を上げる傾向がある方」は、そう意識してみてほしいな、と思います。(自己を否定的に、他者を肯定的にとらえる「とらわれ型」と呼ばれるパターンですね)
いくら相手のことが怖くても、怖いのはしゃーないし、怖いと感じることは問題じゃないんです。むしろそういった気持ちはぜひ分かち合ってほしいと思います。
ただ、あまりに怖いからといって、自分を下げすぎると、より対人関係は不安定になりますし、悩みは深刻になるし、何より自分が辛くなるのです。
そもそも自分には魅力があると自覚できずにいると、相手に従いすぎたり、相手に合わせすぎてしまうかもしれません。
そのあなたの態度を相手が「私の脅威にならない」と感じているしたら、そりゃ相手はあなたに依存したくなるのではないでしょうか。
これはちょっと厄介ですよね。
そう考えると、やはり長い目で見て「今ある自分の価値、魅力」は受け取っておく方向がいいと思うのですよ。
どこか自覚していなかった自分の魅力、良さ、影響力は自覚できるようにインプットしておくことがおすすめですね。
実際のカウンセリングでも「実は嫌われていたからマウントされていたのではなく、相手が味方になって欲しかったからマウントされていた」というケースは、いいか悪いか別にして意外と少なくないんです。(恋愛でいう束縛される状況に似てますかね。)
ここに気づくだけで、少し自分を責めなくなった、というご感想をいただくことも少なくないんです。
なぜなら「マウントされているのは自分がダメだから、悪いから」と感じている方って本当に少なくないからです。
とにかく常に自分を疑ったり責める時間を少しでも手放せればいいですよね、ホント。
ま、そもそもマウントする人の「人との関わり方」はかなりイビツなので、関わるだけでつい自分を疑っちゃうことも多くなるかもしれませんけども、少なからず様々な事情を理解するだけでも、自分を責める時間が短くなるかなぁ、とは思っています。
また、自分の魅力などを否定してする時間が長くなると、今度は「普通に関わってくれる他の人たちとの関わり自体に不安や怖れを抱く」という別の問題が生じやすくなります。
いつしか人を警戒しすぎて、親密になれる人、普通に付き合える人にまで警戒心を抱きすぎてしまい、それが更なる孤立、孤独を生むこともあります。
こうなると「自分と対等に向き合ってくれる人との関係」が切れる場合があって、こうなるとより孤立感を強めますし、誰とも気持ちを分かち合えない苦しさを抱えることにもなります。
この「いい人間関係まで切れること」が最も大きなリスクなのだろうと僕は思うのですよ。
その視点でも、自分を大切にする、自分の魅力を認める方向は重要かな、と思うんです。
まぁ今日のコラムは「自分の魅力は自覚しておく方がいいですよ」という内容なのですけど、ただもしあなたがそんな気分にもなれないとしたら、まず自分の理解者と話す、関わることを通じて落ち着けることを考えてみてくださいね。
その上で「自分の魅力(影響力)」はある程度自覚する方向に進まれる方がいいだろうと僕は考えています。それによって相手との境界線もひけるようにもなりますし。
そもそも人は「より良い人とのつながり」によって心の安定を図るものでもあります。
どんな時も「このいい関係・つながりがどれだけ持てるか」が、自分自身の毎日の質とつながっていますし、つながりを持つために必要な「与える」「貢献」という意識をより安心して発揮するために「自分の魅力を認めておくこと」がつながっているものですからね。
まぁ今日はそんな話を書こうと思ったのですけど、でも実際人からマウントされながら自分の価値を認めるって結構難しいことでもあると思いますので、そんな時はサポーターの存在があるといいのかな、と思っています。