浅野さんへの質問
いつもブログ拝見しています。
夫の落ち込みがすごく、まるで人が変わったようで、どうしたらいいか悩んでいます。
夫は収入面と今後の見通しに不安を抱えています。
(中略)
以前は私に仕事の愚痴をこぼしていましたが、今は無言で必要最小限のことしか話しません。私達には4歳になる子供がいますが、子供のことで相談しても何も話そうとしなくなりました。
夫は子供をとても可愛がっていて、以前は二人で子供のことを話し合う時間を持っていましたし、子供の前では落ち込んだ姿を見せませんでした。しかし、今では最近は何も話さず、明らかに落ち込んだ様子を見せるようになってしまいました。
そんな夫を見ていると私も辛くなり、なんとかできないかと考える毎日です。
私も仕事を持っており、順調に仕事ができています。
(中略)
夫に何かあれば私が家庭を支えていくことも考えています。そこで、浅野さんの過去記事にあった「私がいるから大丈夫」という言葉を夫に伝えました。
ただ、最初は「ありがとう」と話していた夫も、今は無言です。元気になっている様子はなく、むしろその言葉が夫のプライドを傷つけることになっているのかもしれないと不安にもなっています。
このまま落ち込み続けている夫と向き合い続けることを考えると私も自信がないですし、子供にも悪い影響を与えるのではないか、と不安にもなります。
浅野さん、落ち込んだ夫を励ますいい方法はないでしょうか。
もし教えていただけると嬉しいです。
ネタ募集ネーム:アップルパイさん (一部編集しています)
アップルパイさん、いつもブログをご覧いただきありがとうございます。また、ネタのご協力もありがとうございますm(_ _)m
なるほど、ご主人が落ち込まれていて、その励まし方を知りたい、というご質問ですね。
うーん、ご質問を読ませていただいて、アップルパイさんのご主人やご家族への愛情を強く感じましたよ。ホント素晴らしいですね。
ただ、だからこそ切なさも強まりますね。
僕たちはパートナーや家族に「ひとりじゃないよ、一人で悩まないで」と伝えても、相手が心を開かない現実を見ると、なんとも自分の無力さを刺激されるものですからね。
このブログでいつも書いている「愛されないことより、愛が届かないほうが辛いもの」そのものなんですけどね。
また、僕の過去記事も参考していただいたようでありがとうございます。が、お役に立てなかったようですね(^^;
では、僕ももう一度あなたのお役に立てるように、ご主人(仕事などで悩む男性)の心理状態を解説しながらご質問にお答えしたいと思います。
よろしければどうぞ。
頑張っていた人が心の支えを失うとき
これは僕の見解ですが、ご質問を読ませていただくとご主人は「心の支え」を失った状態に近いのではないか、と感じています。
そしてご主人にとっての心の支えとは、仕事であり、収入の安定であり、今後の見通しが立てられる自分、なのでしょう。
これ、どれか一つでも取り戻せればいいのでしょうが、なかなか今はまだ取り戻せていないのかもしれません。すると、あまりいいことではないかもしれませんが、挫折感や絶望感を感じやすくなるでしょう。
これはよく「普段から自立している風に生きている人」に見られることなのですが、自分の意味・存在価値などを自分を支える要素を、自分の内面以上に「外側の要素」においている場合、自分自身に大きな変化が起きたときにガタッと自分を信じられなくなることが起こるんですね。
そもそも僕たちは自分(が感じる感情)を支えられる状態でいることで、自分らしく生き、豊かさを実感し、かつ、周りの人の愛情を感じながら過ごせるようになります。
だから、人を支えることもできますし、人の支えに心から感謝できるようになるんですね。
あぁ、こんなに支えてくれるんだ、相手も相手の事情で大変だろうに自分を支えてくれようとしているなんて、本当に嬉しい、と思えるものです。
しかし、これが悪いことだと僕はいいたくないのですが、自分以外のものに自分の意味・存在価値を求めすぎていると、それを失ったときに大きな「自分喪失」を起こし、自分の感じるネガティブな感情を支えきれず、その感情にまるで飲み込まれるかのような状態になることがあります。
例えば、よく「仕事が生きがい」とおっしゃる方がいますが、人によってその意味が異なるものだと僕は思います。
その方がもし「自分から主体的に仕事に取り組み関わること」が、生きがいだとおっしゃるなら、仕事を失ってもまた何か別の「自分から関わるもの」を探していくでしょうし、一時的に気分が落ち込んでも、まだ自分を取り戻しやすくなるでしょう、
しかしその言葉の意味が、「仕事をしているときの自分に意味を感じる」ということならば、仕事を失ったときに、同時に自分を失った感覚がするでしょう。
もちろんどちらにも失ったときに感じる辛さ、寂しさ、悲しさはあるでしょうが、そこであまりにも自分で受け止められないほどのショックを感じることがあるなら、この違いについて僕は考えることが多いです。
この違いは、主体性、物事と関わるときにどこに主軸をおいて捉えているかで生じるものです。
「自分そのものが誰かの喜びである」と感じるのか、「仕事をしている自分が誰かの喜びである」と感じるのかの違いですね。
心理学でいうところの自尊感情〜自分は誰かの喜びである〜を強く感じられているかどうか、その違いなんですけどね。
また、自分の軸を失っている男性は「罪悪感」を感じやすくなります。
どこか「そもそも価値も意味もない自分は罰せられるべきだ」と考えるわけです。
その罰の一つの現れとして、家族に「なんだよ、頼りないな」と思わせるような態度を取っている、と考えることもできるんです。
アップルパイさんは、その夫の罰に付き合い続ける自信がない、とおっしゃってくださっているように僕は感じます。
だとしたら、そのお気持ちは僕なりに理解できるんですよね。これは本当に辛いことで、いつも二人でいても全く喜べなくなってしまいますから。
犠牲的な行動動機の影響
また、ご主人が仕事で問題を抱え、「今までのようないい自分でいられないこと」を理由に、まるで家族を遠ざけるような「何も話さない」という態度をとっているとしたら、僕はご主人の「犠牲」について考えることがありますよ。
そもそも「いい自分でいられないときに人との距離を起きたがる」ことは誰にでも起こり得ることです。
今の自分を知られたくない、情けない、辛い、と思えば思うほど、今の自分の感情を刺激されたくなくて、人と距離を起き、そっとしておいてほしいと思う人がいても不思議ではないでしょう。
ただ、今回の何も喋らない、落ち込み続ける、といった「周囲の人に対してマイナスのイメージを与えるような言動を続ける」となると、これは「周囲の人をつかって自分を罰している」可能性が出てくるわけですね。
この「周囲の人をつかって自分を罰する」こと自体、一つの依存だと僕は考えてます。
今の自分の不安のそのまま受け止められないので、人をつかって自分を罰するような態度を取ることで、自分の不安から意識をそむけようとする、という感じです。
自分が人に責められている、と感じているとき、自分は罰されている、という意識を持ちますから、自分の本当の不安(今回の場合は仕事や収入、未来への不安)と向き合わなくていいわけです。
もし、今のご主人がこのような状態にあるとしたら、あなたはご主人にとって「罰する人」でなきゃいけない、ってことになるんですよね。
自分を愛する人、受け容れる人、共に歩む人であってはならない、わけです。
むしろ、あなたを「自分を愛する人」のように認識すると、「俺はこれからどうしていけばいいんだ」というご主人自身の不安を向き合うことになり、ここでまた別の罪悪感「あなたや子供さんに申し訳ない」という気持ちと向き合うことになる。
それだけは何より辛いこと、つまり、あなたやお子さんのためになっていない自分と向き合いたくないわけです。
だから、黙るんです。黙って今をやり過ごすことを続けている、と僕は考えます。
また、ご主人はどこかで「自分のことは二の次」にしてしまう、心理的に「犠牲的な行動動機」を選択するタイプかもしれません。
なぜならば、もしご主人が仕事などの不安で自分を見失いすぎているから、ですね。もちろんそれだけの不安がある、ということなのですが、もしご主人が犠牲ばかりしているなら、大きな不安で自分を見失ってしまう可能性が高くなるものですから。
かつ、今のご主人が今取っている行動は「ご主人に全くメリットのないもの」だから。
少なからず,愛する人を自分に罰に使うってコト自体、犠牲ですよ。
何より自分が痛いし辛いじゃないですか、、、。
もし、自分自身に辛さがやってきたならば、その辛さを(申し訳無さやプライドを超えて)誰かと分かち合い、少しでも気持ちを楽にして、生き残ってやる!もう一度成功する!といった前向きさを取り戻していけばいいわけですよ。
が、犠牲的な発想が強い人は、自分の素晴らしさや価値を受け止めきれていないので、自分に全くメリットのないことを平気でやってのけたり、それが美徳だと考えていたり、稀に自分の犠牲に人を巻き込んでしまうことがあるのです。
いわゆる「どうせ自分なんて」「自分が潰れても周りの人だけは幸せに」と考えやすいわけです。
気持ちはわかりますよ、その気持ちは。そしてその気持ちは誰も否定できないでしょう。
ただ、周りの人は何を感じるかまで考えて「愛」「思いやり」ですよね?
すると、「どうせ自分なんて」「自分は潰れても・・・」という考え方がいかに罪悪感ベースの発想なのかが見えてきません?
そりゃ愛のようで愛じゃないんですよ。
思いはあるけど、表現が罰なんです。
落ち込んだ夫と寄り添う方法を考える
そう考えると、ご主人さんはとてもあなたやお子さんのために頑張りたい、喜ばせたいと思う人なのだろうと僕は思うのです。
が、どうしたら今までのようにあなたやお子さんを喜ばせ続けられるかが分からなくなってしまっているのかもしれません。
だとしたら、あなたがご主人の罰に勝手に使われても、あなたがご主人の罰にならないことが何よりの解決策です。
心のなかでこうつぶやいてみてください。
「私はあなたの喜びだ」「私はあなたを愛する人だよ」と。
その態度を続けて、ご主人の罰のシンボルにならないように、あなた自身がいい気分でいること、楽しめるものに触れることなどを増やしたり、「今ここに家族があること」を、心から喜んでいてあげてください。
そして寄り添うべきは「ご主人の本当の不安」です。
僕自身、犠牲は自分も相手もアンハッピーになるという意味でよろしいものだとは思っておりませんが、犠牲してでも守りたい、という気概はすごく価値のあるものだと認識します。
これからどうやって家族を養い、家族を不安にさせず、満足させる男でいられるか、という部分を見て、そうだねって言ってあげてもいいかもしれません。
また、ご主人はものすごく愛のある人だとしたら。
ただ、何かしらの理由で犠牲的価値観を強くしているので、自分を顧みないだけなのだとしたら。
だから、今も自分の不安は何も言わずにいる、としたら。
例えば、「誰よりも私や家族を大切にできる、そんなあなたのことを知っているし、いつまでも支えるよ。」
そんな風に伝える選択が出てこないでしょうかね。
あなたがそう思えるなら、あなたがご主人の側にいることは、決して罰にはなりませんよ。
だから、「意地でも相手の罰になってやるもんか!喜びになるんだ!」なーんて感じで決意していただくといいと思います。意外と効きますよ、これ。
自分の価値を受け取ることも相手のためになる
そして、今から何より大切なことを書きます。
今は問題意識が高まりなかなかそう思えないかもしれませんが、あなたがどれほどご主人の愛の対象になっていることを受け取れるでしょうか。
このタイプの男性の心は、ここが受け取ってもらえていないと感じていると動きません。
自分は何も役に立っていないと感じて、自分を罰し続けることになるんです。
あなた自身がご主人の喜びなのではないでしょうか。
じゃなきゃ、ご主人は未来が見えないことで苦しまないでしょう。
その自分自身の価値を、そこまで愛される価値のある自分を、今まで以上に見つめてみてはいかがでしょうか。
僕はあなたがこのご相談を送ってくださること自体に、あなたの愛情を強く感じるんですよね。素敵だな、素晴らしいなと率直に感じるんです。
そこを自分自身で感じ取り、受け取ると、あなたの気持ちも落ち着いてきますし、「ご主人の苦悩がどれほどまでの愛情か」と理解できるようになってくると思いますよ。
もしここが見えないなら、あなたもまたご主人をご心配され、助けようとだけ思われているのかもしれません。それ自体素晴らしいことですが、それではご主人が助けられる側に回ってしまうので、ご主人の無力感を刺激してしまうかもしれません。
だから、あなたが自分の価値やご主人の愛を思い切り受け取ることをオススメします。
それはきっとお二人の今までのできごとを思い出せば、あなたが、ではなく、ご主人がどれだけあなたを、お子さんを大切に感じてきたか、をあなたの心で感じられるかもしれません。難しければそういったセッションを受けてみてください。
そして、そこを受け止めたあとで、また「私がいるじゃない、大丈夫」って伝えてみてくださいな、とご提案したいですね。
すると、過去に伝えた言葉でも、全く違う意味や響きになると思いませんか?
相手の悩みや問題を解決するために話す言葉ではなく、相手の存在を祝福し、尊重する言葉に変わると思いませんか?
こうなると、愛すべきパートナーのことをめっちゃ愛おしく思えるようになりますよ。
これが感情の力、影響の力であり、自分を見つめ癒やす意味そのものなんです。
ただ、ご主人が自分が犠牲を続けてしまうならば「自分のような苦労やつらい思いは誰にもさせたくない」と思っているのかもしれません。それもご主人の善意でしょう。
だから、今のまま「私がいるじゃない」と伝えると、自分が背負っている犠牲や罰をあなたに渡すイメージを持ってしまうのかもしれません。
それぐらい誰も苦しめたくない、と感じているのかもしれませんしね。
もしご主人のプライドが「自分以外に誰にもつらい思いをさせたくない」という気持ちなら、その気持ちを受け取ってみながらも、そのプライドを傷つけること自体は気にしなくていいかもしれません。
気にするべきは、あなたやお子さんを大切に守りたいという思い、いい意味でのプライドです。そこは気づいて大切に扱ってあげてくださいませね。
このようにあなたが感じられるなら、あなたがご主人さまと関わることであまり悪い方向に転がらないかな、と僕の経験上思います。
これを一言で表現するならば「怖れや不安、問題を取り除こうとだけ考えて行動するとろくなことがない」みたいな感じですね。
ただ、その恐れや不安も相手を大切に想う気持ちでしょうから、その恐れや不安をどう愛情や理解として感じるか、がポイントですね。
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