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「私より大変な人はたくさんいる」という考えは手放したほうがいい理由を解説する

「私より大変な人はたくさんいるんですよね。
だから、弱音を吐いていてはいけないと思うんです。
でも私、今本当に辛くて。そんな自分が弱くて嫌で・・・。」
真面目で、努力家で、忍耐強くて、弱音を吐かず(感じてはいても)一人で頑張る。
そんなみなさんの恋愛やご夫婦に関するご相談の多くは
「頑張れなかった私が悪い」というお声から始まることが少なくないのです。
ただ、この「私より大変な人はたくさんいる」という考え方は、そのお気持ちは理解させていただきしながらも
「できる限り手放したほうがいい考え方なんですよね」
とお伝えしています。
他にも
- 私より大変な人はたくさんいるのに
- 私は両親や友達にも恵まれているはずなのに・・・
といった考え方も同じですね。
ではなぜ「私より大変な人はたくさんいる」という考えは手放したほうがいい理由を解説していきます。
よろしければどうぞ。
「私より大変な人はたくさんいる」という考えは手放したほうがいい理由
「私より大変な人はたくさんいるのに」という考え方を手放したほうがいい理由は
- 人それぞれの悩みの特殊性を理解していないから
- 他人を使って自分を責めているから
この2点に尽きます。
この2つの要素が罪悪感を強める作用ともたらす可能性が高いのです。
だから「私より大変な人がいる」と思うほど、自分が悪い人間のように感じてしまう可能性が高く、どちらにもメリットがない考え方なのです。
(この記事の最後にモアベターな考え方をご提案していますので、最後まで読んでみてくださいね。)
人それぞれの悩みの特殊性を理解していないから
「私より大変な人はたくさんいるのに」と思うお気持ちは個人的に理解できるんです。
それが悪い考え方だ、とお伝えするつもりもないんですよ。
ただ、「私より大変な人はたくさんいるのに」という考え方は
「人それぞれの悩みの特殊性を理解していない考え方」とも言えるんですね。
そもそも人の悩みや問題って、一般化できるようなものではないんです。
ある程度の法則性や共通点を見出すことができることもあるのですが
「一見、同じような悩みでも、その細部は人それぞれで違うものだ」
と理解する方が正確で、安全なんですよね。
これは「個人の経験や見解だけで人にアドバイスしてしまうことの問題」をつくる要素でもあるんですよ。
例えばこんな事例
例えば
Aさんが過去に失恋して苦しい思いをして、それを乗り越えた経験があるとします。
そのAさんの同僚のBさんが手痛い失恋を経験して塞ぎ込んでいるとしましょう。
AさんはBさんを思って、自分の経験を話したり、乗り越え方のアドバイスをしました。
もちろんそれが問題だとあえて言う必要はないように僕は思います(カウンセラーとしてはそう思えない部分もあるのですが・・・)。
ただ、もしAさんがBさんの様子や事情、その話を理解せず、自分の体験を話すとしたら、さて、そのアドバイスはBさんにどのように伝わるでしょうか。
Aさんの経験が、Bさんの失恋の回復に役立つ場合もあるでしょう。
しかし、そうではない可能性も否定できないわけです。
この考え方を用いれば「他にも大変な人がいるんだから頑張れ」というアドバイスは、個人の悩みの特殊性を理解していない発言となってしまうのです(その発言の裏に隠れた気持ちの問題は別にして)。
そのような言葉は「個人の価値観の提示でしかない」ってことなのです。
だから、自分の価値観で自分を責めるだけの「他にも大変な人がいる」という発想は手放していい、となるのです。
他人を使って自分を責めている
もう一つの「私より大変な人はたくさんいる」という考え方を手放すといい理由は
「他人を使って自分を責め、裁く」という部分にあります。
しかも見ず知らずの、特定もできない他人を使って「自分を責め・裁く理由」に使うことが問題なのですよ。
他人を自分の罰の理由に使い、相手の立場や相手の価値を承認していない。
これは自分自身の中に「罪悪感」を生じさせる理由になります。
もちろんそんな悪意をもって「私より大変な人がたくさんいる」と思っている人は殆どいませんよ。
むしろ謙虚に頑張ろうと思っている方が多いです。
だからこそ、この考え方は問題にならないことが問題だと僕は思うのです。
そもそも、この考え方は
「自分より大変な人を見つけること」にとって「自分のモチベーション」を作ろうとしているんですよね。
しかし実際は怖れや罪悪感を強めているので長い目で見るとモチベーションは下がっちゃうんですね。
これ、立場を逆転させて考えてみると更によく分かると思うのです。
例えばこんなケース
例えば、
あなたがかなりしんどい思いをして仕事で成果を挙げたと思ってください。
その成果やプロセスを見た上司が、他の同僚に
「お前ら甘いんだよ、あいつ(自分のこと)みたいにしんどい思いをして頑張れ!」
なんていい始めたとしたらどう思います?
ここで「私、認められている」と感じるなら、ちょっとリスクが高い発想かもしれません。
多くの方が「私を使って同僚を責めないでよ」って思いませんか?
なんだか嫌な気分がしませんか?
誰も他人の罰になんてなりたくないですよね・・・。
このような「自分も辛い、相手も辛い」という形を「Lose-Loseの関係」(自分の負け、相手も負け)といいます。
これは「あの人がこんなに頑張っているんだから、私も頑張ろう」という前向きな競争意識とは全く違うものですよね。
そんなこんな理由もあって「人を使って自分を責めるのはやめましょうね」とサポートさせていただくことが多いのです。
なぜ「私より大変な人はたくさんいる」と考えてしまうのか?
ではどうして人を使って自分を責めてしまう状態になるのでしょう。
実際、この理由は人それぞれ、さまざまなのです。
例えば、親子関係から、過去の体験の影響など深いお話になることが本当に多いものです。
ただ、あえて共通点を見出すとしたら
「人を使って自分を責めていれば、人に責められないような気がする」
そんな発想を持つ人も少なくない、という実感が僕にはありますよ。
人の苦労を使って自分を責めることが防衛、つまり「何かしらの不安への対処法だった」というなんとも切ない理由ですよ。
ただ、この発想は「人を使って」自分を責めるわけですから、
自分が苦しいだけでなく、深層心理レベルでは「他人を罰として扱う」という意味で加害者意識を感じることにもなるんです。
なので、いくら「私より大変な人はたくさんいる」と考えて自分を追い込んでも、自分を鼓舞しても、高まるのは罪悪感なので、モチベーションなんて上がりません。
むしろ、自分の申し訳無さや至らなさを感じることになるのです。
意識的には「自分をより高めるため、頑張るため」に考えていることが、実は逆の心理効果をもたらしているだなんて、なんとも悲しい話ではないでしょうか。
「私より大変な人はたくさんいる」より幸せになる考え方をご紹介します

「私は人を使って自分を責めて相手に嫌な気分をさせていたのかもしれない・・・」
もし、このテキストを読んでそう感じた方がいるならば、まずそこでストップです。
それ以上自分を責めてもあまりメリットはありません。
気づいたならそれで良し、としておいてくださいね。
その上で、今後は次のように考えてみてはいかがでしょうか。
「世の中にはたくさん頑張っている人がいるんだよな、素晴らしいな!」
「いつも頑張っている人がいるなんて、すごいな。私もできることをしよう!」
この考え方は他者を自分の罰にしていない考え方です。
かつ、相手の価値を認めている考え方でもあります。
つまり、「自分自身が他者との競争意識から降りるような発想を使うこと」が重要だってことなんですよ。
人の頑張りや価値とネガティブな意味での競争してもいいことありませんよ(^^;
お互いに認め合うような、相手の価値を尊重できるような成熟した考え方を取り入れてみましょう。
すると、自分が相手を罰に使っていないので、加害者意識(罪悪感)を感じずに済みます。
これは「Win-Win」(私もOK、相手もOK)の考え方となるので、自分のモチベーションをつくるための良策になるというわけですね。
以上、皆さんのなにか参考になれば幸いです。
