自分らしさ・生き方に悩むとき

友達が多くて人気のある人に嫉妬するとき、心の中で起きている“矛盾”

しゃがみ込み悩む女性

こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今日はブログ読者さんのご質問にお答えします。

テーマは「友達が多くて人気のある人に、なぜか嫉妬してしまう」

このテーマ、意外と長く心に残る人が多いんですよね。

自分を落ち着かせようとしても、うまくいかない。

「私って性格悪いのかな」と思って、さらに自己嫌悪が増える。

でも、ここで起きているのって、性格の問題というより、心の中の“矛盾”だったりします。

そもそも、大人になると口にしづらい、

しかし、切実な気持ちが伴うお悩みかもしれませんね。

いただいたご質問はこちら

私は友達が多くて人気のある人に嫉妬してしまいます。

同窓会にも余裕で顔を出せたり、結婚式に知り合いをたくさん呼べるような人に嫉妬してしまいます。

学生時代にヒエラルキーをよく感じていて、イケてるグループに嫌悪感を感じつつも、人に囲まれていたり人気者だったりすることが羨ましく感じていました。

でもイケてる人が怖かったり、ノリについていけないことがあって、友達がそういう人と仲良くしているだけで、避けてしまうほどしんどかったです。

そういったことを話しても分かってくれる人がいません。

自分は自分と思っていても、心許せる友達がいない自分にとっては、どうしても自分が人とうまく関われない辛さや寂しさにおしつぶされそうです。

ネタ募集ネーム:momoさん

momoさん、ご質問ありがとうございますm(_ _)m

では、お答えしますね。


嫉妬って、「羨ましい」だけじゃないんですよね

まず最初に整理すると、

今回の話は、確かに「友達の多い人気者が羨ましい」という部分がメインテーマに見えるんです。

おっしゃる通り”嫉妬”なんだと思います。

ただ、momoさんの文章を読むと、ただ”羨ましい”だけではなさそうです。

おそらくmomoさんの中で、

  • 「私もそうなれたら安心だったのに」という気持ち
  • 「でも、そこには近づきたくない」という気持ち

この二つが、同時に起きているのではないか、と。

これが今日のもう一つのテーマである「矛盾」や「葛藤」です。


人気者が眩しく見えるのは、それが“理想の自分像の一つ”だから

学生時代って、どうしても独特の空気がありますよね。

「イケてる側」「イケてない側」みたいな、勝手に作られる序列。

それが正しいかどうかは別として、そういう世界に見えることって、確かにあると思うんです。

そして、もしその世界(momoさんのいうヒエラルキー)の

「上位にいると安心できる」「仲間が多いと強い」

みたいな仕組みで動いていたとしたら。

そりゃ、誰だって、その位置に立ってみたいと思うんですよ。

嫉妬するのは、ある意味、とても自然なのかもしれません。

でも、ここで嫉妬しているのは、「友達の多い人気者」という対象だけでしょうか?

もしかすると、また別のなにかを求める気持ちもありはしないでしょうか?

この視点で眺めてみると、僕はこんな事も言えるんじゃないかと思うのです。

本当に手に入れたかったのは「安心」であった、と。

手に入らないと感じていたのは、友達や人気よりも「安全な世界」

人間、一人では生きていけません。

学校でも社会でも、家族の中であっても

「孤立する」ということは大変辛いことであり、社会的な問題でもありますよ。

だからこそ、「友だちが多くて人気者な人」が持っている

安全な世界、自分が心穏やかに過ごせる世界、緊張しない世界・・・

そんな「安全な世界」を、心のどこかで欲していた。

そう考えることもできるかもしれませんね。

この仮説の上でお話するならば、

おそらく「友達の多い人気者」という存在は、

あなたの心の中での「ポジティブシャドー」と呼ばれるものになる可能性があるんです。

嫉妬の中には、「本当はそうなりたい」が混ざっていることがあります。

これを心理学では(文脈によりますが)「ポジティブシャドー」と呼ぶことがあります。

自分の中にある“可能性”や“憧れ・理想の自分の姿”が、他人の姿を借りて浮かび上がってくるイメージですね。

ただ、実際はそのような自分で生きることはできなかったとしたら

「あんな風になりたいけど、私には無理かな」と思うものかもしれない。

この気持ちが示すものは、あなたの心の中で”生き残れなかった私”を示す。

これがポジティブシャドーを示すんです。


でも、近づけない。なぜなら「過去の自分を否定したくない」から

ここからの話は、なんとも人間的でありながら、

しかし、かなり”ややこしい”ところなんですけどね。

人気者が羨ましい。

仲間が多いっていいなと思う。

その気持ちにきっと嘘はないんだと思います。

それはどこかで「安心・安全・楽しい」そんな世界への欲求です。

でも同時に、心のどこかでこうも感じる。

そう思うことは、過去の自分を否定することにもつながる、と。

もちろん、そんなことを自覚できるわけじゃないんです、明確に。

ただ、人は時としてそう「自分を守る」ことがある、という話です。

だから、僕たちは思考ではなく、

心の反応として「望んでいる理想」「過去の私ではない私の要素」を遠ざけることがある。

そこには・・・

  • 今まで生きてきた道に価値はなかったと言いたくはない。
  • 自分は自分なりに考え、悩み、葛藤しながら、心細くても生きてきたんだ。
  • だから、「あんなふうにはならない」。
  • 理想だと思う自分像があっても、そこに近づかない。

そういった反応を見せることがあるんです。

・・・これが「なんとも人間らしい」と僕が表現した反応なんです。

「友だちが多くて人気者が住んでいる世界に合わせる自分にはなりたくない」

「でも、もしあの世界で生きられたら、どんなに楽なんだろうか」

そんな矛盾した気持ちがあると、

人は無意識に、理想の自分像から距離を取るということです。

つまり、ここで起きているのは、

  • 理想の自分像に惹かれる気持ち(羨ましい)
  • 過去の自分を守りたい気持ち(近づきたくない)

この二つが同時に動いている状態といえます。

だから、感情としては「羨ましい」だけでは済まない。

いわゆる「葛藤」という、ちょっと苦い形になりやすいわけです。

もちろんこれはあくまで一つの考え方でしかないので、参考程度に読んでおいてほしいんですけどね。


嫉妬がきついのは、「欲しかったもの」そのものより「悲しみ」に触れるから

もう一つだけ補足します。

嫉妬の奥には、悲しみが混ざることがあります。

たとえば、

「私もそう在れたら、あの頃、傷つかなかったのに」

「私も輪の中で安心できたら、孤独じゃなかったのに」

こういう“if”の感覚。

この”if”のあるところには、喜びや希望ではなく

悲しみがある事が多いですよ。

仕方なかった、と理解していても、何かが疼く。

なので、「羨ましい」よりも先に、心がズキっと反応する人もいるかも知れない。

そして、悲しみが強く残っている人ほど

つまり、悲しみを下ろさずに、一人で抱えながらも自分の力で前に進んできた人ほど、

「近づきたい」より「遠ざかりたい」が勝ちやすくなるんでしょうね。

だから、momoさんの中で

「友達が多い人が羨ましい」

と同時に

「友達が多い人が怖い/しんどい」

が起きてしまうのかもしれませんね。


じゃあ、どう進めばいいの?:いったん立ち止まって「今までの自分の扱い方」を変える

ここまでの話をまとめると、momoさんにおすすめしたことは

「人気者になろう」でも、「嫉妬を消そう」でもない、と思っています。

むしろ、ここじゃないか、と。

「今までの私」を、丁寧に扱い直すこと。

あなたの人生のプロセスを、善悪で裁かないで、事情として理解し直すこと。

momoさんがどのような状況におられたのか、僕にはわかりません。

だから、その当時のことを勝手に推測して話を進めるわけにはいきません。

ただ、もし、その当時、

怖さがあった。

合わなさがあった。

しんどさがあった。

それでもあなたがこの社会の中で生きていた。

それは、momoさんの頑張り(防衛)ですよね?

だから、ここではこんな問が立つのかもしれませんよ。

それでよかった、って言えるかどうか。

それが私だ、って言えるかどうか。

もちろん今すぐ言えなくたっていいんです。

ただ「そこに自分がいたんだ」ということを大切にできるか?

そんなことが言えるのかもしれませんね。


大人の世界のほうが、実は「それでよかった」と言える人が多い

学生時代の人間関係は、どうしても未熟で、勢いがあって、荒い。

でも、大人になると、少し違う世界が出てきます。

  • 価値観の多様さを受け入れられる人。
  • ノリが違っても笑える人。
  • 無理に同調させない人。

あなたはあなたでよくない?

そんなスタンスで関わってくれる人も増えることがあります。

それは尊重でもありながら、まぁ親身すぎない感じでもありますよ(笑)

適度な距離感で尊重してくれる人、って感じですね。

もしかすると、あなたが求めているのは、

学生時代の“イケてるグループ”ではなく、

大人の世界の「成熟した親密感」なのかもしれません。

その中で、自分自身が感じた

”人への抵抗感”や”自分への抵抗感”のようなものを

解きほぐすこともできなくはないかな、と。

もちろん、それもこれから出会う人次第なんでしょうけどね。

だから、もし今、少し勇気が残っているなら。

成熟した場に、ほんの少しだけ近づいてみるのもアリ、かな、と。

そして、その中で

「私はこれでよかった」と言える感覚を取り戻していく。

それが、一つの進み方になると思います。


こちらの記事も参考にどうぞ

最後に

嫉妬って、嫌な感情に見えます。

でも、扱い方によっては、かなり正直な自分の本音を見つめるヒントにもなります。

「私も本当は、ああいう親密感が欲しかった」

「私も本当は、人とつながりたかった」

その気持ちがあるから、反応してしまう。

だから、嫉妬って人にぶつけると損なんです。

嫌な人だと思われやすいだけでなく、自分の本音を見つめるチャンスを逃すので。

そもそも

「私は、今までの私を否定したくないけど、よくも思っていない」

そんな気持ちがある限り、嫉妬は消えてくれません。

だから、「その矛盾を抱えたまま、自分を丁寧に扱い直す」という方向が、現実的だと思います。

もしよかったら、今日の話の中で、どこか一箇所だけでも、心の隅に置いてみてください。

「私が悪い」ではなく、

「私の心の中で、何が起きていたんだろう?」

と観察するだけでも、世界の見え方は少し変わりますからね。

変わらない日も、正直あるでしょうけどね。

それでも、何も見ないままよりは、ずっとマシかもしれないですね。

何か参考になりましたら幸いです。

ABOUT ME
浅野寿和 | 心理カウンセラー・トレーナー
恋愛・夫婦・仕事・生き方の中で、「ちゃんとやってきたのに、どこか噛み合わない」そんな感覚を抱えやすい人のご相談を多くお受けしています。 正しさや結論だけを急がず、今どこに立っているのかを一緒に整理する個人セッション(カウンセリング)が人気。 キャリア16年・臨床実績10,000件/東京・名古屋・オンライン対応。リピーターさまが多いカウンセラー。口癖は「どんなことにも事情があるよね」。
「読む」から、「私の立ち位置を整える」へ

心理カウンセラー浅野寿和のブログは、心理学の知識だけでなく、

”今の自分自身”や“今ある関係を整えるための心理学”をお届けしています。

ちゃんとしてきたはずなのに、立ち位置が分からなくなったときに読む心理の話

毎月6万人が訪れるこの心理ブログでは、

誠実に頑張ってきた人が、

自分の立ち位置を見失わずにいるための“心の整え方”をお届けしています。

責任や孤独、関係の悩みなど“大人のこじれたテーマ”を、月・水・金に新作コラムで発信中。

👉 一人では解けなかったお悩みを、さまざまな視点から整理する記事です。日常の気づきにお役立てください。

一人では抱えきれなくなった気持ちを、少しずつほどく場所|無料メールマガジン

もし、一人で考えるには少し重たいな、と感じたら

文章という距離感で、もう少し整理したいと思えたら

無料メールマガジンで、ブログでは書ききれない「迷いの途中の話」もお届けしています。

週3回(火・木・土)配信しています。

あなたのペースで、心の理解を“使える気づき”に。

正しさでは動けなくなった人のための心理学講座

「わかっているのに動けない」状態は、多くの場合、努力不足ではないんです。

オンラインで受講できる”心理学講座”は、

問題解決のための行動を増やす前に、

「今、自分がどの位置で考え続けているのか」

を整理していく時間です。

自分の感覚が分からなくなってしまったときの個人セッション

それでも、

  • 考えても考えても同じところを回っている
  • 自分の感覚が、もう一人では掴めない
  • 誰かと一度、整理し直したい

そう感じたときは、個人セッションという選択肢もあります。

必要だと感じたタイミングで、ご覧ください。