いいことも悪いことも「人のせい」にしたくなる?
例えば子供の頃、家族や友達とケンカして、そのケンカの言い訳をすると、親から
「人のせいにするな!」
なんて怒られることがある人もいるのではないでしょうか。
「人のせいにするな!」と言われると、その言葉の響きからネガティブな意味として理解されることが多いのかもしれませんね。
ただ、この言葉には「自分の感情(言動)には責任を持つ」という意味が含まれていることが多いんですね。
そういう意味では「人のせいにしない」という考え方が自分の成長につながることもあるわけですよ。
もちろん「人のせいにするな」という言葉の使い方、言い方の問題もあると思いますけどね。
ということで、今日は「自分の成長・成熟のために引き受けるといい感情(言動)の責任」について、コラムにまとめてみます。
「自分の感情に責任を持つ」とはなにか
私達の学ぶ心理学に「アカウンタビリティ」という言葉があります。
アカウンタビリティとは「自分の感情に責任を持つ」という考え方ですね。
いわば「私の感情は私が感じているもの」という考え方でもあります。
僕たちはついつい自分以外のもの(人や状況によって)今の気分を感じさせられているものと考えがちです。
もちろんそういった外部からの影響も無視できないものですよ。
ただ、今、感じている感情は「自分が感じているもの」であることも間違いないでしょう。
だから「今感じている感情の所在を自分とする」ことで、
「自分の選択次第で変えられる」ということが可能になるわけです。
いわば、より私たちは自由になれるのですね。
むしろそう考えることで自分に大きなメリットが出てくるよ、という話なのです。
これを「言い訳するな」という言葉は教えてくれている部分があるのですが、まぁ分かりにくいわねぇ、という話でもあります。
「人のせい」にしない。いいことは特に
例えば、あなたに対して良くしてくれる人、好意を寄せてくれる人、あなたを大切にしてくれる人がいる。
もしそんな事実があるとしたら、こんな風に感じる人も少なくないのではないでしょうか。
「そりゃ相手がいい人だからです。だから私も関わらせてもらっているんです。」
確かに相手の良さの影響もあるでしょう。
ですが、あなたが誰かによくされたり、愛されるのは「相手の選択によるもの」とは限らないと思いません?
もし、あなたが信頼できる仲間やパートナーを好意的に捉えているとしたら。
確かに相手が信頼できる人だからでもあるのですが、そもそも「あなたがその人を信頼しようと思った結果」ではないでしょうか。
そう考えると
あなたに対して好意的に関わってくれる人がいたとしたら
相手の好意だけでなく
あなたが相手にとって信頼にたる人間だからではないでしょうか。
つまり「あなたが素晴らしいから」ではないですか?
そんなお話をさせてもらうことがありますよ。
この自分の影響力、素晴らしさなどを見事にスルーして、相手が素晴らしい人だから、とばかり思っていませんか?
なんて話をさせてもらうこともあります。
そんなときあえてこうお伝えするのです。
「そこ、人のせいにしないでおきましょう(笑)」
自分の良さに対する興味・意識を持つことは超重要
アカウンタビリティという言葉には、自分の感情の責任を持つという意味だけでなく
「自分が持つ影響力も認識する」
そんな意味が含まれることが多いんですよ。
いわば、あなたの素晴らしさという影響力も認識できてはじめて、まぁ自分の影響を回収できているってことになるんですな。
これ、結構難しいと感じる方が少なくないんです。
なぜなら「えー、本当に私ってそんなにいい部分があるの?」と感じるから。
自分の良い影響力に興味を持っていなかった方が少なくないようです。
まぁそもそも人は自分の良さよりも至らないところばかり意識するものなので、しゃーないっちゃーそうなんですけどね。
ときには、人から嫉妬されたり、責められたり、「調子乗ってんじゃないの?」と思われるのが嫌で、自分の良さを意識しないように過ごしている方も少なくないようですよ。
が、周囲から責められるから自分の良い部分を見ない、となると
自分を責める側は完全な加害者になるし、自分の味方は「あなたにはいいところがあるのに、いつも自分を否定している」と感じてガッカリしちゃうこともあるようですよ。
いわば、自分の味方の愛や応援を拒絶してしまうことにも繋がります。
これが恋愛や夫婦関係において、いわば「問題」を作る要因となることもしばしば起こります。
だから、「自分の良い影響力に興味を持つこと」は、自分や自分の味方にとって超重要なことだと言えます。
自分の至らないところを訂正することと同じぐらい、良い影響力を知ることは重要。
ちゃんと自分の良い影響力をしっかり受け入れることができると、他人をマウントしなくなりますし、自分をよく見せようともしなくなるし、過剰にモテようだとか、愛されようともしなくなるものなんですよね。