相手の幸せを考えられる人だけが本当に愛していることになるのでしょうか、というご相談
だから、相手が幸せならそれで良いと思えたり、場合によっては自分から身を引くことができるとか。
ただ、私は相手が幸せならそれで良いとはどうしても思えません。
今付き合っている彼がいますが、もし彼に他に好きな人ができて別れても、彼が幸せならそれで良いとか、彼の幸せの幸せのために身を引くとか、絶対思えません。
私の彼への愛情は本当の愛ではないのでしょうか。
相手の幸せを考えられる人だけが本当に愛していることになるのでしょうか。
私なりに彼のことが好きだし、大切にしたいと思っているのですが、どうなんでしょうか。
確かに「相手の幸せを考える」ということは、恋愛や夫婦関係において大切なことです。
そもそも僕たちの世界には、私が相手を愛すれば愛するほど、自分が愛されるし、その愛も受け取りやすくなる、なんて言いますしね。
ただ、実際に相手の幸せを考えて自分から身を引く、なんてことはしれっとできる人ばかりなのか、というと・・・
いいか悪いか別にしてそうではないのかもしれませんね。
ということで今日は
「相手の幸せを考えられる人・考えられなくなる人の違い」について解説します。
特に、相手の幸せを考えることの意味と考えられなくなってしまう理由
について書いていきますので、なにか参考にしていただけますと幸いです。
Index
相手の幸せを考えられる人・考えられなくなる人の違い
相手の幸せを考えられる人・考えられなくなる人の違いを見つめていくと
自分の意識が相手に向いているか、自分に向いているかの違いがある、といえます。
つまり
相手の幸せを考えられる人とは
「相手のことを見て、よく知ろうとして、相手を喜ばせることに意識が向く人」といえます。
逆に、相手の幸せを考えられなくなる人とは
「何らかの事情で、相手のこと以上に自分のことに意識が向いている人」といえます。
例えば
相手に嫌われていないか、どう思われているんだろうか、といった意識が強い、といったイメージですね。
ただ、この話は「その違いが生じる理由はこれですよ」と決めつけて話せるようなものではないんですね。
僕たちの心の成長プロセス、自分自身の心の状態、コンディション、また生育歴・生育環境、過去の対人関係対人関係、恋愛経験などの影響、などで変わるものとも言えます。
また、今、相手の幸せを考えられない状態にある人でも
今後、相手の幸せを考える人になる可能性だって大いにありますし、その逆もありえるわけです。
自分の意識が相手に向いているか、自分に向いているかの違い、とは
では、「自分の意識が相手に向いているか、自分に向いているかの違い」とはなんぞやという話なんですけどね。
これは、恋愛だけでなく対人関係の中でも
「自分の意識が外側に向くか、内側に向くか」みたいな違いです。
自分の意識のベクトルが、相手(自分の外側)か、自分の内面に向くか、ということ。
例えば
本当に恋人でも友人でも喜ばせてあげたいと思うなら、相手のことをよく知ろうとしなければ難しい、と思いませんか?
相手のことを知らずに喜ばせるって、ある意味「自分の勘」を頼るしかないですし。
いいか悪いか別にして「自分が相手に与えてあげたいことだけを渡す」なんてことにもつながりそうです。
だから、相手の幸せを考える人の意識は相手に向いていることが多いわけです。
逆に、自分自身が嫌われたらどうしよう、だとか、自信がなくていつかフラレるかも、みたいに思っているならば、どうしても意識が自分に向きやすいんです。
これは何かしらの危機、不安、怖れがあるときに生じるものです。
だから、
「自分の意識が向いているにも何かしらの事情がある」
そう考えたほうがいいと僕は考えるわけですね。
相手の幸せを考えられる人が得られるメリット
また、相手の幸せを考えられる人が得られるメリットについても触れていきます。
ネガティブな感情や思考がなくなる
先ほど書いたように
僕たちの意識が自分の内面に向いているとき、不安や怖れなどを感じたり、あれこれぐるぐると考えてしまいがちになるものです。
つまり、誰かの幸せを考えられているとき、意識が外側に向く事が多く
結果、ネガティブな感情や思考の迷路から抜け出すことができたりするんですよね。
自分を責める気持ち、罪悪感を手放しやすくなる
相手の幸せについて考えているとき
僕たちは「幸せ」のことを考えたり、「相手のことを喜ばせる方法」などを考えているものです。
このとき、自分を責めたり嫌う気持ちには意識が向いていないことが多いんですよね。
つまり、相手の幸せを考えていくことで、自分を責める気持ち、罪悪感を手放しやすくなる(一時的にであっても)といえます。
自分の幸せを考えてくれる人の存在に気づける
実は、相手の幸せを考えられる人は、自分の幸せを考えてくれる人の存在に気づきやすくなるのですよ。
これは「投影の作用」とも言えるんです。
※投影の法則については次のコラムにありますので、よろしければご覧になってくださいね。
そもそも僕たちは
「自分の中にある心のフィルターを通して外の世界を見ている」のです。
逆に言えば
「自分の中にないフィルターで外の世界を見ることはできない」ということ。
つまり、相手の幸せを考えることで
自分の外側に「自分の幸せを考えてくれる人がいる」と気づきやすくなるってことなんですね。
相手の幸せを考えられる心に成長していくプロセスを解説する
では、僕たちはどのようにして「相手の幸せを考えられる人」に成長していくのでしょうか。
僕たちはそもそも生まれたときから、相手の幸せを考えられるわけじゃないんです。
その心が成長していくことによって、相手の幸せを考えられるようになることが多いものなのです。
そこで、その心のプロセスと成長していくポイントについてを解説していきます。
※ここからの解説に出てくる「依存・自立」という言葉の解説は次のコラムにありますので、よろしければ参考にしてくださいね。
依存時代(自立の依存)の恋愛は「相手のことを考えるより、自分が救われたいと思う」
まず、依存時代の恋愛は「相手のことを考えるより、自分が救われたいと思う」という特徴があります。
(なお、これは「自立の依存」と呼ばれる、普段は自立的に生活しているけれど、恋愛や親しい人との関係では依存的なマインドが出てくる人にも言えることです。)
よく「恋は盲目」といいますよね。
僕たちは恋をすると、恋をした相手(パートナー)に自分の気持ちをぶつけたり
ときに自分の「好き」という気持ちだけでなく
自分の苦しみや葛藤を相手と分かち合いたいと思うことが多くなるんです。
その理由は
「知らぬうちに自分のすべてが、相手によって何もかも許されるような錯覚に陥る」
という部分にあります。
要は、今まで受け入れてもらえなかった自分を受け入れてもらえる、という欲求に火がつくのです。
いわば相手に甘える(依存する)というわけです。
このとき、確かに相手のことが好きに違いないので、相手の幸せを考えることを心から望むこともあるでしょう。
が、実際は「自分が理解されたい」という気持ちが強まるので、それが難しくなるのです。
そんな経験をし、実際に恋愛関係が壊れるような事実と出会うと、ものすごくハートが痛みます。
人によっては「なんで受け入れてくれないんだ」という怒りや恨みなどを感じることにもなるんです。
いいか悪いかは別にして、まだまだ自分のことが優先で、相手の幸せを考えられるには至っていない、といえます。
自立の恋愛は「相手のことを考えるがゆえに、自分の感情を切り離す」
依存(自立の依存)の恋愛で、苦い思いをした人の中には
「まだ自分を受け入れてくれる人を探す人」もいますけど、
「自分の意志で相手の幸せを考える人に成長しようとする人」も出てくるのです。
ただ、今までの経験で
「自分の気持ちを優先させるとロクな目に合わない」と学習している分、
「自分の感情を切り離して与える、愛する」
という人が出てくるのです。
確かに、僕たちが真剣に相手の幸せを考えるとき
最も邪魔だと感じやすいものは「自分の欲求」なんです。
例えば、自分が愛されたいと思っているだけでは、相手の幸せは考えられないわけですし。
「自分は相手をこう喜ばせたい」と考えても、それが相手の喜びとつながるとは限らないわけです。
だから、自分の欲求や感情より、相手の幸せを考えるために
自分の感情を横においたり、切り離すようになるわけです。
その努力はとても大変なこと、といえます。
自分の気持ちを横において、時には押し殺してでも、相手の幸せを願おうとするその姿は、まるで犠牲的だと思えるかもしれません。
それでも上手く愛し合えない関係となってしまうと・・・
ただ、それで幸せが手に入るなら、まだ頑張れるんですけどね・・・。
実は、いくら自分の気持ちを横において相手の幸せを考えたとて
それがいつも幸せな恋愛につながるとは限りません。
お互いの相性の影響などで、上手くいかない恋愛となることもあるでしょう。
また、いつも自分の欲求を横においている人を、上手く愛せないと感じている相手の気持ちの存在も見逃せないのです。
そんな経験から関係がうまくいかなくなったとき
「これだけ幸せを願ってもダメだった・・・」
という深い失望、挫折感などを感じる人も出てきます。
心の中が、こちらの気持ちが理解されない痛みや悲しみで溢れることがあるかもしれません。
そのような経験を重ねることで
自分を信じられなくなったり
自分の愛や思いの価値を見失ってしまう人もたくさんいるのです。
しかし、それこそが
「相手の幸せを真に考える自分になる第一歩なのかもしれない」
と僕は思うことがあります。
ここからの心の成長ポイント
このような状態にある方ほど
「自分の気持ちの価値や意味」を取り戻す必要があると言えます。
要は、今までの愛し方が良い悪いと判断する前に
「自分の愛情や思いには価値があったよ」
という自己評価をする必要があるのです。
ここでは自己評価が必要なんです。
つまり、「今までの恋愛から学び、今までの経験に自分自身が納得する」
ということが重要になります。
実際、僕もそのようなサポートをさせていただくことも少なくないですよ。
*
また、実際に「自分を愛してくれていた人の存在に気づく」ということも重要です。
誰かに愛されていることを感覚的に、感情的に受け止める経験が必要です。
自分の欲求を切り離している自立の人ほど
「人に愛されている」ということに鈍感、もしくは疑いの目を向けていることが多いんです。
その理由は、依存(自立の依存)時代の恋愛で
「自分の欲求を優先して失敗した、傷ついた」
そんな経験が、いいか悪いか別にして学びとなっているからなのです。
だから、自分が相手から「愛されている」という実感を得づらい状態になっているんです。
この事実は、あなたのことを愛してくれている相手の気持ちを悪意なく蔑ろにしている状態、とも言えるんです。
だから、相手のことを必死で考えてきたにも関わらず、恋愛や夫婦関係がうまくいかなくなるケースも頻発するというわけですね。
相手の幸せを考える人に成長するには「与える気持ち」と「受け取る気持ち」のバランスが取れること
つまり、相手の幸せを考える人に成長する、ということは
「相手の幸せを考える与える気持ち」と
「自分の幸せを考えてくれる人がこの世界にいるのだ(それがパートナーなのだ)と受け取る気持ち」
のバランスが取れることがポイントになります。
自分が相手の幸せを考える人だからこそ
目の前のパートナー、仲間なども同じだと理解しやすくなり(自分のことを考えてくれない相手をパートナーには選ばない)
それが理解できるほど
「自分の幸せを考えてくれる人の思いを拒絶せず、感謝して受け取れる」
そんな状態になっているんですよね。
つまり、相手の幸せを考える人って無理をしていないんです。
自分の欲求を過剰に切り離すこともないし、自分の欲求に溺れてしまうこともない。
このバランスが取れたとき「相手の幸せを考える喜び」を感じられるし
「パートナーに愛されることの喜び」も感じる。
まぁそんな僕たちの心の成長プロセスを一周ぐるっと経験することで、僕たちの心は整っていくんですよね。
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