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夫と妻の価値観・望む幸せのカタチがすれ違うとき

パートナーシップカウンセリングを担当させていただくと、まぁ必ずといっていいほど登場する言葉。
それが「価値観の相違」です。
もちろん、夫と妻、彼と彼女との間での相違ですね。
理想的なパートナーシップは「二人で決める」「お互いの合意によって二人の価値観、幸せのカタチが存在する」ものなんです。
特に「幸せは自分だけで作るのではなく、二人で作る」という部分が重要になることが多いです。
しかし、なかなかお互いの価値観が合わずトラブルになったり、わかり会えない悲しみを感じて辛くなるケースも少なくないようです。
そこで今日は「どうして夫と妻の価値観・望む幸せのカタチがすれ違うのか」について、コラムにまとめてみようと思います。
では、よろしければどうぞ。
夫と妻の価値観・望む幸せのカタチがすれ違う理由を考えてみた
さて、夫と妻の価値観・望む幸せのカタチがすれ違うのはなぜかを心の面から考えてみると、まぁいろいろなことが考えられるのです。
ただ、人の価値観の形成に大きく影響するものは、やはり「親(家庭)」と考えて差し支えないと僕は思います。
ということで、まずは夫と妻の価値観と親の影響の話から。
夫と妻の価値観と親の影響の話
僕たちが子供の頃「親と共に家庭の中で育った」のであるならば
子どもは親の言うことやその価値観に合わせて生きることが求められたるわけですよね。
そして、親との関わりの中で「何が正しいか・望ましいことか」を身に付けていく、といいますか。
例えば
親が「こうしなさい」といえばそれに従い。
親が「こう考えなさい」「こうしてはいけませんよ」といえばそれに従い。
それがいいか悪いか別にしての話ではありますけれど
僕たちの価値観は、親の価値観の影響を受けながら成長してきたわけですから、親の価値観の影響はやはり大きいものなんですよ。
ただ、僕たちが大人になる過程で、いつも親の価値観に従い続けるというわけでもないんです。
僕たちが成長する中で、親以外の人と出会うこともありますよね。
例えば、尊敬できる人や憧れの人、先輩、先生、同級生、仲間、時には書籍で触れた偉人、成功者など
「生き方の参考(モデル)としたい人物」
と出会うことも大いに有り得るわけですよね。
僕たちはそのような親以外の人の考えや価値観などの影響を受けるわけです。
このとき、親(親の価値観)が絶対ではなくなり、自分なりに試行錯誤しながら、自分なりの価値観や考えを持つようになっていくんです。
これを「脱理想化」と呼ぶこともありますね。
自分の価値観を守ることが望ましいと感じやすい私たち
ただ、そうであっても子供にとって「親の影響がなくなってしまうということではない」のです。
むしろ、大人になった今でも
親の言うことを聞く、親の価値観を支持することが
「正しいこと・望ましいこと」
と理解される人も少なくないのではないでしょうか。
人によっては、親以外の人の影響をあまり受けておらず、未だ自分の価値観が親の価値観と酷似しているという場合もあり得るわけです。
この親の価値観(と自分なりの価値観)を持った大人同士が、居場所をともにするのが結婚であり、夫婦となること、なんですね。
だから、結婚や夫婦関係を持つということは、互いの親の価値観を持ち合う(時には衝突する)ということでもあるんです。
どこかで「自分(親、家、自分自身)の価値観を維持することが正しい、望ましい」という考え方に固着すると、いわゆる夫婦間のバトルが勃発するわけですね。
※この辺の価値観の相違についての心理解説は次の記事にありますので、こちらもよろしければ参考になさってくださいね。

ただ、これもまた僕は「事情があること」と考えている部分があるんですね。
なぜなら、そもそも僕たちは
「親の価値観」「自分の価値観」に沿って生きることが正しいし、それが自分にとっても相手にとっても望ましいことだ
と学習しているフシがあるからです。
善意で自分の価値観を差し出すが、否定されるとパートナーに不満を抱く
僕たちはある意味善意で「自分の価値観を相手に示すこと」がありますよね。
これがいいよ、こうするといいよ、と。
例えば
ゴミの出し方一つでも、自分の親の出し方が正しいと思うなら、それをパートナーに伝えることが正しいし、良いことだと思う人もいるでしょう。
お米の研ぎ方をボウルとザルで研ぐのか、それとも炊飯器の釜で研ぐのか、親の研いでいた方法が正しいと思い、それを伝えることが親切だと思う人もいるでしょう。
伝え方の問題はあると思いますけどね。
ただ、そこで「え?それっておかしくない?変だよw」と言い始めると・・・
ま、揉める(揉める火種になる)のです(^^;
その背景には「親の価値観」があり、自分が正しい、望ましいと思い従ってきた価値観があるからです。
そこを蹴散らされると、まぁカチーンとくる人もいるんですよねぇ。いいか悪いか別にして。
まぁ一度や二度の意見の相違でガチ切れるなんてことは少ないでしょう。
が、例えば
普段から仕事で自分の考えを否定されがちであったり、自分の考えに自信がない人ほど
パートナーに自分の価値観を否定されるとめっちゃショックを受ける
なんてこともあるわけでしてね。
まぁ、パートナーにはニーズが出やすいものですから、しゃーないことといいますか・・・。
ただ、もし「お互いが相手の価値観を頭ごなしに蹴散らさない」ようにできるなら
また別の展開に進むこともあると思うんですけどね。
夫と妻の価値観が激しく衝突しつづけると善悪判断しか残らない場合も
いわゆる価値観が合わなくてバトルしている時ほど
「出来事や人物を、完全な善か悪かのいずれかとして捉えること」
があるんです。
これは自分自身の心のバランスをとるために起きること、と考えてみてください。(これをスプリッティングと呼ぶこともあります。)
この考え方を価値観の相違が続く夫婦関係に置き換えて考えてみると
「パートナー(の価値観や言動)を完全な善か悪かのいずれかとして捉える」
ということになります。
なんとか自分の気持ちを落ち着かせるために、ですね。
例えば、「うちの妻が悪い」とか「夫は何も考えていないダメ亭主」「他の妻や夫はこんなにすごい」なんて風に極端に考えちゃう、みたいなね。
その姿はまるで「自分は間違っていない」と言いたげに映るのですが
その深層心理で感じていることは
「自分が選んだ人にいい影響を与えられない(相手を悪者にしている)自分が嫌だ」
なのです。
が、なかなかそう素直に思えることは稀です。
なぜなら、自分の価値観が否定されていることに腹を立てていることも多いし
お互いに言いたくもないことを言い、お互いに傷ついていることが多いでしょうから。
しかし、お互いが相手を悪者にしてしまうことで、分かりあえている感覚、愛し合えている感覚はどんどん薄らいでいくものなんですね。
いわば、お互いの自己肯定感がダダ下がってしまう理由にもなり得るんですよね。
夫と妻の価値観がつながるとき
さて、もし夫と妻の価値観がつながるときがあるとしたら、それは二人がどんな状態であるときだと思います?
その答えは
「お互いが、相手に良い影響を与えている、と実感できているとき」
だと僕は考えています。
ここでの良い影響とは
相手の価値観を理解すること
こちらの価値観も大切にされていると実感できること
お互いの思いを分かち合って合意が形成されていること
自分から相手のために与えること
相手から示された行為を受け取ること
そのあたりで感じ取れるものだと思います。
まぁ文字にすると堅苦しいっすね〜(^^;
シンプルに言えば、話し合って方向性を決められる、互いが喜べるものができる、ということです。
僕たちが大人になるときに
親(親の価値観)だけで生きていくわけでなく、自分なりの価値観や考えを持つようになっていくように
夫婦二人の価値観を作り上げることによって、その関係はつながっていきますし
大きなロマンスを感じることもできるんですよね。
お互いの価値観を持ち寄り、新しい価値観を作ることは幸せの入り口です
だとすれば、お互いがお互いの価値観を持ち寄り
「二人の合意の上での新しい価値観を形成する」
なんてことができると
二人のヴィジョンを共有できる、分かり合える関係になる、と言えるんです。
そもそもパートナーシップを幸せなものにするためには
「お互いが相手の価値観に理解を示し、コミュニケーションすること」が欠かせないです。
特に、理解を「相互に示し合うこと」がいい感じなんですわ〜。
最後に
そもそも、お互いが理解を示し合っているときほど、僕たちの心はとても安定し、安心感を感じられるものなんです。
そういう意味では
普段から話し合って価値観をすり合わせること(自分本位、相手次第にしないこと)
我慢する前にYESとNOがはっきり言える関係であること
相手のことを愛する(理解する)ことは、自ら選んだ素晴らしい選択だと受け入れること
相手の好意は素直に「あんがと♡」ということ
怒っちゃったら「ごめんね♡」をいう勇気を持つこと
要は「関わることを恐れない」ってことがお互いの幸せに大きく貢献する行動だと僕は考えていますよ。
そんなマインドを手に入れるために、せっせと自分を整えるプロセスもカウンセリングではご提供しています。
夫婦でつながれないことが問題、なのではなく
つながれないから切ない、と考えるなら
ここもまた「癒やし」があっていいのではないか、と僕は思うのです。
*
ただ、最後にこんなことを書くのは鬼か、と思われるかもしれませんが(^^;
そもそも夫もしくは妻が自分のことしか興味がないという場合や
そもそも恋愛スタイルや価値観が違いすぎて合わないならば、別れもネガティブな選択肢ではない、ということもお伝えしておきますね。